実験用動物の飼育および動物実験等にともなう疾病および障害の発生予防と発生時の対応について

国立大学法人動物実験施設協議会
環境保全委員会

塩見 雅志、伊川 正人、伊藤 勇夫、神崎 道文、佐藤 浩、古谷 正人、宮下 信泉、松本 清司
神戸大学医学部附属動物実験施設
大阪大学微生物病研究所附属感染動物実験施設
千葉大学大学院医学研究院附属動物実験施設
広島大学自然科学研究支援センター生命科学研究支援分野ライフサイエンス教育研究支援部動物実験施設
長崎大学先導生命科学研究支援センター比較動物医学分野
高知大学医学部附属動物実験施設
香川大学総合生命科学実験センター
信州大学ヒト環境科学研究支援センター動物実験部門

特集に当たって

動物実験等(動物を教育,試験研究又は生物学的製剤の製造の用その他の科学上の利用に供すること)が医学や科学の進歩に貢献してきたことは周知の事実である一方、すべての動物実験等を細胞等を用いた代替法で置き換えられる日は遠く、動物実験等は今後ますます必要とされている。

動物実験等を適正に実施するために飼育環境の整備が行われてきたが、適正な動物実験等を支える労働環境の整備については実験用動物の飼育あるいは実験を実施している施設や研究室(以下、動物実験施設等と略)が独自に模索してきたことが実情であり、動物実験施設等の労働環境の整備についての系統だった検討はほとんどなされてこなかった。労働環境の整備を考える場合のよりどころは労働安全衛生に関する法規等であり、昭和47年に「労働安全衛生法」、「労働安全衛生規則」等が制定され、「労働安全衛生規則」の下に「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」(平成14年)が発表された。これら法規に加え、その他多くの関連する規則等が厚生労働省の法令等データベースシステム
(http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/html/hourei/contents.html 参照)に収載されている。

また,労働安全衛生に関する法規等の解説としては「労働衛生のしおり」が厚生労働省労働基準局の編集で出版されている(中央労働災害防止協会発行)。

「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」の第四条では、「事業所(企業、大学等)が講ずべき具体的な措置」が定められており、事業所には、労働安全衛生計画を作成し、適正に運用して従業員や研究者の健康を守り、労働災害を未然に防ぐ責任がある。したがって、動物実験施設等が独自に労働安全衛生に関する規則を作成する法的な義務がなく、このことが、動物実験施設等における労働環境についての議論が少なかった原因かもしれない。

労働安全衛生に関する法規等の規定では、主たる対象は工場、建築・工事現場、あるいは事務所で発生する労働災害(傷病)であり、負傷、化学物質、放射線等への対策については詳細に定められているが、動物や微生物に関する条文は極めて少ない。この点は、多くの事業所が作成している労働安全衛生に関する規則においても同様であり、事業所が作成した労働安全衛生についての規則を動物実験施設等で発生しうる労働災害にそのまま適用することが難しいとの印象を受ける。このような状況から考えると、動物実験施設等特有の労働災害に関する発生予防対策と発生時の対応マニュアルを作成することが、動物実験施設等に勤務する技術者や動物実験実施者(動物実験等を実施する者)の安全を確保するために、また労働災害が発生した場合に的確で迅速な対応をする上で重要であろう。

動物実験施設等が労働災害に対するマニュアルを作成するに当たり参考となる資料として、米国National Research Councilが纏めた”Occupational Health and Safety in the Care and Use of Research Animals”を日本実験動物環境研究会が翻訳編集した「実験動物の管理と使用に関する労働安全衛生指針」がある(株式会社アドスリー,東京)。この資料は労働安全衛生についてのマニュアルを作成する場合の参考となるが、すべての動物実験施設等を対象としていることから総論的な記載となっている。それぞれの研究機関は、独自の研究活動を実施しており、飼育されている動物種も異なるため、すべての動物実験施設等に共通の労働安全マニュアルを作成することは困難であろう。

多くの動物実験施設等で参考となる資料を作成するためには、動物実験施設等でどのような労働災害が発生し、発生時にどのように対処したか、そして、再発予防策あるいは発生予防策としてどのような対応を行ったかを把握することから始めなければならない。そこで、国立大学法人動物実験施設協議会(以下、国動協と略)の環境保全委員会では、動物実験施設等が労働安全衛生についてのマニュアルを作成する場合に参考となる資料を作成することを目的として、国動協に加盟している施設等に協力を依頼して平成16年度に調査を実施した。

本特集においては、その調査結果を解析した報告書[DOC](環境保全委員会)ならびに調査結果に基づいて作成した労働安全衛生に関する以下の3つの資料を紹介する。

「動物実験施設等における負傷、疾病への対応について」では、動物実験施設等で発生頻度の高い実験用動物の飼育、飼育器材や飼育室等の洗浄や消毒・滅菌、飼育器材の修理等の業務にともなう負傷、腰痛、熱傷、針刺、感電、アレルギー等について、具体的な対応例を紹介し、再発防止のための報告書等の活用について纏められている。「動物実験施設等における動物由来の咬傷、掻傷および感染症への対応について」では、実験用動物による咬傷、掻傷、汚物等との接触にともなう人獣共通感染症への対応と感染動物実験を行う場合に必要な設備や規則の整備を取り上げ、国動協バイオセーフティ委員会が作成した資料を始め関連する様々な資料を紹介している。これらの資料は労働安全衛生対策のみならず感染症に関する研究や防疫体制に関する資料集としても有用であり、活用願いたい。

また、「動物実験施設等で使用する有害化学物質の取り扱いについて(特定化学物質)」では、動物実験施設等で使用される頻度の高い有害化学物質を扱う場合の基本的な注意事項、暴露防止に必要な設備や保護具の紹介、暴露時の基本的な対応について概説している。本資料は、化学物質を使用して実験する場合に大変参考になるであろう。

国動協環境保全委員会が作成したこれらの資料は、いずれの動物実験施設等でも起こりうる労働災害について、発生時にどのように対応するか、再発防止や発生予防のためにどのような工夫やルールが有効かを具体的に示している。各動物実験施設等がそれぞれの実情に即した労働安全衛生マニュアルを作成する際に、各事業所が選任している産業医とも相談の上、これらの資料を参考として活用していただければ幸甚である。

最後に「感染動物実験における安全対策」の掲載にご理解をお示しいただいた国動協バイオセーフティ委員会に深謝するとともに、資料作成に当たり貴重なコメントを戴いた会長校、中型動物委員会、バイオセーフティ委員会に深謝する。

(文責: 塩見 雅志)

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